2014/01/12

国境越え

2泊3日の弾丸バス、デリー発カトマンズ行き。
飛行機なら1時間そこらで着くし、僕にとってはそっちがいいのは言うまでもない。
でも今回は連れがいる。
チベット人の連れにとってネパール行きはそんな簡単な話ではない。正式な手続きを踏むとなるとおそらく時間がかかる。正確に言うとインドの中でも長い旅行に行くとなると面倒臭い手続きが必要ということになる。しかも許可しないと言われりゃそれまでだ。亡命者としてインドにいる立場の不確かさ。
でも実際僕はネパールでインドからのチベット人にたくさん会ったし、ダラムサラの友人たちにもネパールに遊びに行った人たちはいた。結局みんなどうしてるかと言うと、陸路で国境に行って適当なことを言ってお金を渡して、はいおしまいということのようだ。まあもとよりルールの外で越境してここにいる人たちである。驚く話ではない。

ということでバスの出発場所へリュックを背負って2人で向かう。きっと他にもチベット人がいるだろう、その人たちについていきゃいいよね、はじめてのネパール行き(もちろん亡命時はネパールからインドに来てるのだがそれを除いて)の彼女は軽く笑う。意外と小心な彼女は間違いなくドキドキしているんだろうが。
しかし行ってみると我がバスはみんなネパール人ということがわかる。あとは僕ら、チベット人1人日本人1人。
車掌の兄ちゃんの「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という軽い言葉で僕らのバスは出発した。

バスは暴力的かつ牧歌的に突き進む。車内の大音量インドポップスにノリノリであろう運転手は親の仇を追うかのように先行車を一台一台ぶっちぎっていく。もちろんクラクションは鳴らしっぱなし。誰かが尿意を催し運転手に止まるよう催促しても「ダメダメちょっと我慢しな。いいところがあるから。」そして実際、山あいの絶景ポイントで車をとめ「ほーらこっちの方が気持ちがいいだろ。ぞんぶんにやりな。」という具合。途中、道ばたで籐で編んだ丸椅子が並んで売られているとバスを止め車掌が椅子を買いにいく。多分前方の運転席(扉の向こうに何人いるかはよくわからない)で座席が足りなかったんだろう。それを見て他の乗客も「あらいいじゃない」とばかりに次々と椅子を買う。バス旅の途中でこんなでかいものを買うヤツの気が知れない。おかげでせまい通路は椅子が折り重なることになる。
そんな感じで、どこを走っているのかは全くわからないが(実際僕はどこのボーダーにいくのか知らなかった)とにかくまっすぐ前に進みつつ夜は更けていく。

明け方前、目を覚ますと車は止まっている。霧なのかなんなのか周りが全く見えない。はてさて此の世であろうか彼の世であろうか。とりあえず外に出て一服する。
どうやら国境は近いらしい。ここで無事に皆でネパール入りするための作戦会議というところだ。寝ぼけ眼の彼女も状況を飲み込んだらしく車掌の言葉を待つ。大方のネパール人たちにとっての問題は、屋根の上に積んだり車内にある大量の荷物であり、余計にチェックされて関税をとられたりしないようにいうこと。買い込んだたくさんの服があったらみんなで手分けして着てしまえとか、テレビとか大物があったらばれないようにここにおいとけとか、車掌はてきぱきと指示を出す。最後にはみんなから100ルピーづつ集める。袖の下用の資金ということだ。

僕らには、いや僕はとりたてて後ろめたいことはないので普通にしてりゃあいいのだが、チベット人の彼女に対しては「ネパール語ができるんだから、ネパール人と言い張れ。身分証みたいなのは忘れたことにしろ。みんな助けるからだいじょうぶ。」ということだった。彼女の身分証は全部僕のリュックの奥にしまっておくことにした。
デリーでも聞いた話だが、いまネパールは中国の影響が強く、当然チベット人に対してはかなり厳しいチェックが行われるようだ。大事な身分証を取り上げらることだってあるという。ちょうど去年の8月僕がカトマンズにいた頃に起きたボダナートでの焼身自殺のあとそれは顕著になっている。

明るくなるのを待ちバスはゆっくりと国境へと進む。
彼女の緊張は頂点に達している。が、僕にはどうすることもできない。まあなるようにしかならないと言う心境。外国人は最後ということでみなを見送ったあと、ぼんやり手荷物を持ってバスを降りる。
インド側ゲート。「あなた1人?」おざなりな手荷物検査の女性係官に突然聞かれる。「えっ?もちろん1人だよ」
予想外の質問に狼狽をやや隠しきれない僕。連れの彼女のことを深く突っ込まれては面倒なことになる。「ホントに?私はそうは思えないんだけどな」となりの強面のオッサンにつぶやく。「誰と一緒なの?」「いやだから1人だって。1人のただの日本人の旅行者ですって。」パスポートを見せていいながら、ハっと気づく。あっオレの手提げ袋に車内でのおやつやらなんやらとともに彼女の生理用品が入っていた。だからだと思っても手遅れ。強面のオッサンにリュックをすっかりひっくり返される。当然見つかる彼女の身分証いろいろ。「これ誰の?」「いやこれはインドにいる友達に預かってるもので、僕のじゃないし、それに僕はちょっとおなかの具合が悪いもんで…」最後のは生理用品に対する言い訳のつもりだったが、ちと無理があったか。
しばらく押し問答が続いたが、最終的に僕は自分のパスポートをヒラヒラさせて、なんにも問題ないでしょということだけを言っていると、だいぶ納得いかなそうではあるが、まあ行っていいよということになった。
こんなに国境でドキドキしたのは初めての経験だ。
なんだか知らないけど火照ってしまった体のままネパール側に歩き、イミグレーションで手続きを済ませる。
外ではすでにみんな乗り込んだ僕らのバスが待っていた。
「なーにぼやぼやしてたの?みんな待ってたんだよ。私は全然なんにも言われなかったよー。どうしたのなんか猿の尻みたいに真っ赤な顔してるけどー。」
なんて呑気な彼女に「みんなあんたのせいなんだよ!」なんてことはとてもじゃないけど言えなかった。

まあともあれ、無事にみなでカトマンズへとまっしぐらなのである。